3/15(日)・東京3日目イベントレポート
ついに開幕した『TBSドキュメンタリー映画祭2026』!
3/15(日)・3日目の舞台挨拶イベントの様子をお届けいたします!
『War Bride2 奈緒と4人の戦争花嫁』舞台挨拶
2023年の前作『War Bride 91歳の戦争花嫁』に続く第2弾で、川嶋龍太郎監督が手がけた。上映終了後、川嶋監督と、桂子・ハーンが通った横浜雙葉小学校の現校長・池田純一郎氏が登壇しました。
川嶋監督は、今回の聞き手に俳優・奈緒を起用した理由についてこう語った。「取材した女性たちは90歳を超えています。私は50代前半で、奈緒さんはちょうど30歳になるタイミング。これからの世代を担う若い女性が同じ女性の人生を聞くことで、より皆さんに伝わりやすくなるのではないかと思い、今回私はディレクターに徹して奈緒さんに託しました」。また、このテーマに向き合い続けてきた思いについては「戦後を生きてきた話はなかなかない。叔母の話を何十時間も聞く中で、これは朝ドラだと思った。この物語を伝えるためにテレビ局にいるような気がした」と率直な思いを語った。
池田校長は、桂子が異国での生活を選んだ決断の根底に「横浜雙葉で学んだ隣人愛——国境も人種も関係なく、一人の人を愛するという生き方があったのではないか」と語り、映画に登場する4人の女性を「草の根レベルの平和大使」と表現。「大きな政治活動ではなくとも、自分の暮らすコミュニティの中で平和を願い行動してきた。その姿に大きな意味がある」と続けた。
桂子が長年続けてきた姉妹都市活動に触れた川嶋監督は「なぜボランティアを続けているのかと聞いたら、『交換留学生として相手の国で暮らしを共にした人と、戦争するはずがない』と言われて。本当に草の根的な考え方が、世界につながっていくんだなと感じた」と語った。
最後に川嶋監督は観客へ「戦争体験を語れる方々はやはり90歳を過ぎていらっしゃる。その方々の声を聞いていくことの、本当に最後の機会なんじゃないかと思っています」と呼びかけ、イベントは幕を閉じた。
本日2回目の舞台挨拶では、川嶋龍太郎監督と、舞台「WAR BRIDE」で桂子・ハーンの父親役を演じ、本作のナレーションも担当した俳優・山口馬木也が登壇した。
川嶋監督は山口をナレーターに抜擢した理由について「ナレーションというのは基本的に天からの声だと思っています。桂子さんのお父さんを演じた方にやってもらうことで、一番説得力が出るんじゃないかと思ってお願いしました」と語った。山口さんもこれに応え、「舞台で父親役を演じた直後だったので、自分の娘を見ているような思いもありながらのナレーションでした」と振り返った。
山口さんは舞台の稽古期間中に桂子さんと実際にオンラインで言葉を交わす機会があったという。「上品ですごく強い方。でも、それ以上にチャーミングな方で、本当に神々しいなと思いました」。その際、山口さんが真っ先に聞いたのは、父親のことだったという。「娘を米兵と結婚させるということは、今後会えなくなるかもしれない。私にも娘がいますが、それは絶対に嫌だと思って。あの時代によく許したなと」。桂子さんによると、父親はアメリカの文化に強い関心を持つモダンな人物だったが、二つ返事でOKを出した真意は、娘の桂子さん自身にもわからなかったという。山口さんは「娘にもわからなかった、父親の葛藤があったのかもしれない。舞台ではそこを膨らませていただいた」と語った。
また、この作品に向き合うことで「愛する人を大切に思うこと、思いやり、平和ということに思いを馳せる時間がすごく多くなった。この映画は、そういったものに水をやって花を咲かせるような作品だと思っています」と山口さんは語った。
川嶋監督は、25年間ドラマのプロデューサーとして歩んできた中でこの作品を制作した経緯を「叔母が戦争花嫁だということを知って、10時間を超えるインタビューを重ねるうちに、1930年から今この瞬間まで地続きに生きてきた女性の"朝ドラ"だと思った。もしかしてこっちが自分の生業だったんじゃないかと感じています」と率直に語った。山口さんは観客に向かって「皆さん、川嶋監督がこれまでどんな作品を手掛けてきたかご存知ですか?」と問いかけ、「『半沢直樹』や『下町ロケット』を手掛けたプロデューサーでもあるんです。あの作品群に共通して流れる熱量、人間の何かに訴えかける源泉みたいなものを、この映画の監督としての川嶋さんの中に見た気がした」と語ると、会場からは驚きの声が上がった。
さらに山口さんは川嶋監督に向かって「キュリー夫人やヘレン・ケラーの伝記と並ぶような、子どもたちが読める桂子さんの本も作ってほしい。僕としては、この作品が未来に繋がって欲しいという思いがある」と目を輝かせ、この物語が次世代に続くことを願った。
最後に川嶋監督は「戦争体験を直接聞けるのは、そんなに長くない。皆さんの身近にも1945年、50年当時を生きた方がいるかもしれない。ぜひその話を、何かの形で残していってほしい」と観客へ呼びかけ、会場は温かな拍手に包まれた。
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