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女優・大空眞弓が振り返る、名匠たちと駆け抜けた熱狂の時代 TBSレトロスペクティブ映画祭『秋津温泉』舞台挨拶レポート

今年9月に100歳を迎えるプロデューサー・演出家、石井ふく子の原点である『東芝日曜劇場』の名作群を劇場公開する「TBSレトロスペクティブ映画祭 石井ふく子特集 生誕100年記念」がMorc阿佐ヶ谷にて開催中。

連日の盛況を迎えるなか、5月24日(日)には1962年放送の傑作ドラマ『秋津温泉』の上映後、主演を務めた女優の大空眞弓さんが舞台挨拶に登壇した。満席の客席からの大拍手に迎えられた大空さんは、スクリーンに映し出された若き日の自身の姿を振り返りながら「懐かしい思い出。私も綺麗だったな、なんて思ってしまいました(笑)。こんな素晴らしい作品に出していただいて、皆様とこうして拝見できる日が来たことは、なんと素晴らしく幸せなことだろうと感激しております。『生きてるってちょっといいな』なんて思いました」と満面の笑みで挨拶した。


今回の映画祭で上映される作品のうち、約半数で主演を務めている大空さん「本当に可愛がっていただきました」と語る通り、今でも毎日電話をかけ合うほど深い絆で結ばれている石井ふく子先生との出会いは、大空さんがまだ二十歳の頃だった。雑誌に載っていた大空さんの写真を見つけた石井さんが「この子はいけるかもしれない」と大抜擢したのが始まりだったが、そこから二人の関係は、単なるプロデューサーと女優の枠を超え、本物の「家族」へと変わっていく。その決定的な転機となったのが、1964年に日本中で社会現象となった伝説的ドラマ『愛と死を見つめて』だった。大空さんが25歳の時、実の姉が29歳の若さで他界。2人きりの兄弟だったためひどく落ち込み、石井さんに「私、もう『お姉ちゃん』って呼べる人がこの世にいなくなっちゃった」と漏らしたという。すると石井さん「ちゃーちゃん(大空の愛称)、これからは私をお姉ちゃんと呼びなさい」と言ってくれたという。「それから何十年、私は『お姉ちゃん』と呼ばせていただいています。毎日お姉ちゃんの声を聞いて、今日も作品を拝見して、こんな素晴らしいプロデューサーに会えて、こんないい作品にいっぱい出させてくださった。私の人生ってすげえな、神様がついてるなと感謝感謝です。今日はお姉ちゃんに電話して、今日のこともちゃんと報告して、私はとっても可愛かった、ありがとうございましたって伝えますね」と笑顔で語る。


トークは、その『愛と死を見つめて』で難病のみち子を演じた際の、裏話へと広がっていく。当時、あまりに悲痛な物語に対して「私、こんなに健康的でまん丸なんですけど、演じられるでしょうか」と不安を口にした大空さんに対し、石井さん「何言ってるのよ。健康でピチピチして、死にそうもない人が死んじゃう、こんな悲しい話ある?だからあなたがやるのよ!」と、本質を突いた逆転の発想で背中を押した。さらに大空さんは、亡くなった実在のモデル・みち子のご実家を訪ね、その帰り道での忘れられない記憶を明かした。石井さんと一緒にご実家を後にする際、一本道でふと振り返り、左手を振って「さよなら」と告げた大空さん。その後のやり取りについて、佐井プロデューサーが、石井ふく子のノンフィクションに「(後日お電話した際に)みち子がいっつも立ち止まる場所で、いっつも同じ振り返り方をして、同じ手の振り方をした。本当にこの人がみち子を演じてくれるんだと思った」とご尊父の言葉や涙が綴られていたエピソードを紹介。これを受けて大空さんは、「悲しみを与えてしまった気持ち半分、嬉しい気持ち半分が、今でも心に残っています」と、芝居を超えて役の人生を背負った覚悟を振り返った。劇中で病魔によって片目を失うみち子を演じるため、リハーサル時だけでなく、自宅でも常に片側をすべて覆って生活し、距離感を掴む訓練を重ねたという大空さん「演じるとか芝居じゃなくて、うまくとか下手じゃなくて、心が思うままにやらせていただこう」と臨んだその映像は、今もスクリーンから色褪せることなく観客の胸に響く。

続いて話題は、この日上映された『秋津温泉』の演出を手掛けた名匠・鴨下信一との思い出へと移る。

当時の放送ぶりに本作を客席で鑑賞したという。佐井プロデューサーから「ご覧になっていかがでしたか?」と問いかけられると、大空さん「やっぱり脚本が良い。余分なことがない」と、まずは名手・八住利雄によるシナリオの無駄のない美しさを絶賛。さらに、白黒画面の圧倒的なクオリティや当時の制作現場が持っていた凄みのあるエネルギーに、一人の観客として改めて驚かされ、深い感銘を受けたと率直な感想を語った。



後に『岸辺のアルバム』などの名作を手掛ける鴨下だが、当時の大空さんに対しては「下手くそ」「今日はもう帰れ」「本当にできると思っているのか」と連日猛烈にしごいたという。しかし大空さんも負けてはいない。短いソロカットのシーンでダメ出しをされた際、「すいません、もうちょっと絶対にうまくできると思うので、このセットをもう一回建て直して、もういっぺん撮り直してください!」と直談判。すでにバラしてしまったセットを別の日にわざわざ建て直してもらい、渾身の演技を見せた大空だが、鴨下からは「前と同じだ」と言い放たれたという。当時の驚きの結末をチャーミングに振り返りつつ、大空さん「でもね、わざわざ大変なセットを建て直して撮ってくださったことに、ものすごい愛情を感じるんです。そんなこと、普通はなかなかしてくださらないでしょ?」としみじみ語り、厳しさの裏にあった現場の温かさに思いを馳せた。

また、当時の1時間の単発ドラマ枠(東芝日曜劇場)でこれほどの没入感を作れた背景として、作中で描かれる流麗な「所作」の美しさや徹底的なリアリズムについても言及。石井ふく子のドラマでは、劇中に出てくる料理はすべて俳優が実際に生で調理や盛り付けを行ったという。本物を扱うからこそ生まれる真剣さや、自分で経験するからこそセリフに宿る説得力を重視し、一切の妥協を許さなかった石井の徹底した番組作りの姿勢を振り返りながら、大空さん「当時はとんかつを揚げるのがうまくなっちゃって」と懐かしそうに明かすと、会場は温かな笑いに包まれた。

厳しいながらも愛に溢れたスタッフの手によって、徹底した本物志向で紡がれたドラマ群。さらに、同じく上映作である『廃市』の話題へと移る。福永武彦の文学を原作に、女性の凄みのある「情念」を描いた傑作だ。佐井プロデューサーから、朝8時から試写でこの2本を観てから出社する生活をこの1週間続けていたら、どっと疲れて全く仕事に身が入らなかったというエピソードが明かされると、会場は再び大きな笑いに包まれた。大空さん「気が強い嫌な女よね(笑)。あんな女に追いかけられたら男の人は逃げるの大変!」と悪戯っぽく笑った。

舞台挨拶の終わりには、大空さんが何度も笑顔で客席に向かって手を振りながら降壇。昭和のドラマ黄金期の輝きと、大空のチャーミングな人柄が客席を包み込んだ特別な一夜は、温かな拍手の中で幕を閉じた。